Y-NOTE by KENTMIYAZAKI

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2009年 05月 17日

箱の家

箱の家―。
言ってしまえばそれまでかもしれない。
でも、この箱には 多くの家族が抱えている問題点をモチーフにした試みが凝縮されている。

建築コスト・高性能・高機能・長期耐久性・温熱環境・耐震性・長期対応デザインetc・・・。
【住宅】に求められるあらゆる条件。【住宅建築家】として表現したい事、【施工者】として確保したい建物の安全との両立。
なぜそれを選択したのか?一つ一つに意味があって、それが当たり前のように存在することを目指す、

ここに至る12年間が思い出される。

1997年専門誌 新建築の住宅特集に掲載された難波和彦氏の【箱の家】
1995年から建築の完全なる特殊解を見つける為の記念すべき第一作目【箱の家-1】から、その後に続く21作品の紹介記事。このプロジェクトの凄さは写真でも十分に伝わりその後の住宅建築業界に大きな衝撃を与えた記事だった。そのころ不況の中ローコスト住宅が全盛のころ 宮崎の片田舎で独立したばかりの建築士が受けた衝撃はもっと大きい。

それまで、要望に対する設計変更は広げる・形が変わるが普通。
それを大きさを変えずに対応するための基礎設計力の見直し。
コストを削減するための装飾の排除と普遍的な形の美しさの追及―。

以来、この単純化された矩形の箱に、日常生活の過ごしやすさと能率的活動と環境を詰め込み、かつコストも抑えようと努力することになる。(要望に、形や大きさを変えず対応するにはそのつど設計全体から見直さねばならない。同時に問題点の根幹を解明する必要がある)

紐解けば日本を代表する建築家故吉村順三氏も「建物は矩形を旨とすべし」と説いていた。
それは、構造の安定が目に見見えなければ美しい建物にならないという考えからでもあった。

そもそも難波氏の箱の家は、
「原型としての【箱の家】であり標準化とその展開」
という点に置かれているので同系のデザインが流通産業化するメーカーやFCで【標準化】だけにスポットが当てられ商品化されたとしてもいたしかたないかもしれない。
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【住宅の標準化】の先進国と言えば 実はアメリカ。2005年、15年ぶりに行ったカリフォルニアでは、130戸の分譲地を一つの基本設計から3つのデザイン様式を定めカラーリングと配置によって統一感のある美しい町並みを表現しつつ、隣家とは異なる個性を表現しており、その柔軟なアレンジ力による実現性と発展性に驚いた。一つの基本設計をベースとする事はコスト・品質の両面から大変有効であるというのはアメリカのコンストラクションマネージメント技法の本質であるので当然の進化と言える。しかし その設計力は日本のメーカーの言う【標準化】の設計力とは比べ物にならないほど先進的で生活者的あると感じる。

当時、氏はこうも言っている。
「箱の家は一般解ではない、特殊解に徹し普遍性を目指す、つまり特定のライフスタイルを持った人たちだけにふさわしい原型の提案である」と。
しかしてそれから12年の間、日本人は思想のグローバル化とともにこれらの建築コンセプトが依頼者の要望にも合致し、デザインとして受け入れていただける事が多くなった。
というより今まで日本の建築業界に不足していた普遍性を持った要素であったため、特定のライフスタイルを持った人たちではなく、「経済性と利便性を軸として考える」人たちの一般解と考える事ができるようになったと思っている。
何より、評価すべきは、当時の日本の建築業界において【人より変わった大規模建築】だけが評価された時期に 一般住宅の木造建築又は鉄骨造に対して行った試みは革新的で、その後の住宅建築のベンチマークとなりえる設計指針だったと言える。それゆえ、現在も同じベクトルを持った全国の多くの設計者がミニマリズムで矩形な木造住宅の可能性と地域性を個々に表現しようとするまでに成長する、有意義な活動に発展したとと思うわけです。

しかして、現在の僕。
依頼人の要望を取り入れつつ原型としての矩形を様式に応じて、でもやっぱりアンティークとか好きなものは好きなので、自分なりに有機的に【宮崎らしいケントの箱の家】を表現したいなあと、日々研鑽(笑)
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by kent_yano | 2009-05-17 11:09 | 住宅建築家「Y」のノート


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